経験による医療~Experience Based Medicineの時代
2011.03.02
カテゴリー:Health 2.0
かなり以前に読んだ本なのですが、最近改めて自分の考え方の糧になっていることを感じるので、ご紹介します。
本書の中では、基本的ないくつかの法則が繰り返して述べられているのですが、その一つが、「物事は螺旋的に発展する」という法則です。
写真に掲載した「らせん階段」をイメージしてもらうと分かりやすいと思いますが、螺旋は、上から見ると、ただの円に見えます。< 原点回帰>
しかしながら、横から眺めてみると一段ずつ昇っていきます。< 発展>
螺旋的発展とは、物事は円の中をグルグルと回って同じことを繰り返しているように見えるが、実際には横から見ると発展を続けている、ということです。
本書では、個人対個人のコミュニケーションの「ツール」を例にとっています。
このコミュニケーションの「ツール」を横から見ると、最も原始的な、階段の最下部には、「手紙」があります。それが、「電話」というツールが出てきて階段を登り(上から見た円では対極へ)、結果として、「手紙」は原点に戻ってきて、「電子メール」となります。手紙は、電子メールとなることで、「即時性」という要素を獲得して帰ってきたわけで、これを螺旋的発展と呼んでいるのです。
私は、最近、この螺旋的発展は、医療の進歩にも当てはまると思うようになっています。
医療というのは、実はごく最近まで、皆さんが考える以上に科学的ではなかったのです。
私の祖父は東京の下町の医師でしたが、戦後の混乱期、何もかも無い時代に、大変な苦労をしながら医師をしていたと聞きます。
そのような時代に、科学的な、いわゆるエビデンスなどある訳も無く、多くの(全て?)医師は、自分自身や周辺の医師の経験、医学雑誌・学会の症例報告などを元に「経験」で診療を行っていたのです。
エビデンスというのは、wikipediaにあるとおり、統計学的に様々にバイアスを排除して得られる、確からしい知見で、それを元に患者さんに対して適切な治療を行うことを「Evidence Based Medicine(EBM)」と呼びます。
先ほど記載した、患者さんの症例報告(◯◯という治療をしたら良くなった、というレベルの個別体験)は、ばらつきも多く、有効性に関しての信頼性は低いとされています。
EBMによって、医療は科学的な正しさを獲得し、発展を遂げました。
現在も確かさを求めて、多くの大規模臨床試験が実施され、毎年新たな知見が得られています。
しかしながら、これだけでは完全ではない、というのが私の実感です。
実は、EBMの思想でもあるのですが、エビデンスに基づいた最大公約数的な「解」を元に、その「解」を目の前の患者さんにどのように適用していくか?が臨床医の腕の見せ所になります。
良い就活マニュアルがあっても、その場の状況に応じて、使いこなす技術のない人には宝の持ち腐れになってしまうのと一緒です。
ここで、私は「発展」の後の「原点回帰」が起きると考えています。
つまり、EBMという根拠を得た医師は、それを目の前の患者さんに適用するため、再度、経験に基づく医療、いわば「Experience Based Medicine」を必要とするようになる。但し、それは、祖父の代のような個人個人の経験に頼った医療ではなく、インターネットを利用した、「集合知」というべき、個人の経験の集合体が大きな役割を果たすと考えています。
MedPeerは、3年半前より活動を開始し、初期には医師同士のQ&A(経験の共有)を行い、昨年からは、臨床研修指定病院に所属されている先生の協力を得て、インターネット上の症例検討会(インタラクティブ・ケース・カンファレンス)を実施しています。その関連で、多くの第一線の先生方にお会いし、上記の考え方についてご意見を伺っていくにつれ、この考えは確信に変わってきました。
実は、第一線の先生方こそ、経験の共有に価値を見出しており、MedPeerの価値を理解して下さっているのです。
インターネットは万能ではなく、医療というのは物理的な「触れ合い」で成り立っていることを忘れてはいけませんが、同時に「ローカル」であることも医療の特徴です。ローカルに点在している医師が、インターネットを通じて知見を共有し、より良い医療を展開できるため、MedPeerはプラットフォームを提供していきます。
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