経営顧問
島田 亨
代表取締役社長
石見 陽

経営顧問 島田 亨

1987年4月、株式会社リクルートに入社。1989年6月に株式会社インテリジェンスを設立し、

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同年9月に取締役に就任。1995年に取締役副社長に就任。2000年に株式会社シーズホールディングスの代表取締役に就任し、複数の企業で経営に参加しながら、投資家活動を展開。2004年、株式会社楽天野球団に入社し、取締役副社長を経て同年に代表取締役社長に就任し、2008年よりオーナーも兼任。2006年には、楽天株式会社取締役常務執行役員に就任し、2014年には代表取締役 副社長に就任。2010年から2015年まで当社社外取締役を務めた後、2016年5月に当社経営顧問に就任。

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島田氏は、2009年にエンジェル投資家としてメドピアに出資をいただいて依頼、2012年には社外取締役、そして2016年には経営顧問として、長年にわたってメドピアの経営にアドバイスをいただいています。石見との対談で、出会ったきっかけから2人しか知らないこれまでのメドピアの歴史などをお話いただきました。

お2人の出会いのきっかけは?

石見2009年の春に、当時のCOOの紹介で私が島田さんに会いに行ったんです。そこで30分だけお時間をいただいて事業についてお話しました。ただ、その頃はまだビジネスにはなっていなくて、ただ思いだけがあった状態で…。それでも30分終わる頃に、その場で支援してくださるということになったのには驚きました。

島田このとき石見さんが初めて目の前に現れて、現役医師で起業してこういうことをやりたいと語る姿を見たのは衝撃的でした。私はこれまでエンジェル投資家として、通算60社くらい支援してきましたが、初対面の30分で投資を決めたのは、石見さんとあともう1人くらいです。メドピアは、まず非常にコンセプトが良かったのと、入ろうとしているマーケットも良かった。石見さんが目指そうとしているところは、医療業界において非常に正しいアプローチをしているなと思いましたね。

「投資するときに見ているのは、経営者の3つの資質」

島田私は基本的には、若いアントレプレナーがゼロイチで事業を立ち上げるフェーズを支援しているのですが、投資する際に見ているのは、やはりその事業の根っことなる「経営者」です。
そのときに見るポイントも決まっていて、1つは「経営者のCPUが最低限人並み以上であること」。2つ目が大事で、「変化に対してプロアクティブに、嬉々として対応していく感覚があること」です。いくら頭が良くても、自分の考えに固執して変化が出来ない人はだめで、抵抗無くどんどん変われる人かどうかは見ます。そして3つ目に「人として歪んでいないこと」。あわよくばこれに「突破力」があると最高ですが、それは稀なので最初の3つを特に見ていて、石見さんは3つとも完全に当てはまっていました。

石見その時のことですごく覚えているのは、とても的確に質問を投げかけていただいたというのと、あとは私のことを上から下までじろじろ見ていたというのが印象的でした。(笑)。

島田そんな意識は無かったんですが(笑)。でもきっと癖なんでしょうね。やっぱり人は生きてきた分の年輪が顔に出るので、ずるい人か正直な人かは顔を見れば分かりますし、身なりもそれを表しますから。

そこから島田さんには、どのような支援をいただいてきたのでしょうか?

「島田さんは、いつも大事な局面でふと現れて助けてくれる」

石見始めの数年は、2ヶ月に1回くらい会ってメンタリングしていただいていました。私は会社経験がなく起業したので、事業アイデアはあっても組織や人間関係、お金の使い方でかなり苦労をしてきたんです。そんな中で島田さんは、いつも大事な局面でふと現れてアクションをとったり、決断の背中を押すようなことをしてくださいました。

島田多くのスタートアップは、事業じゃないところで会社がダメになることが多いんですよね。ポテンシャルのある会社が、そんな別のところでダメになるのが一番悔しいし、もったいない。
エンジェル投資家の一番重要な役割は、まずは誰もそこではお金を出さないときに、その経営者を信じてお金を出すこと。そして、そこから自走し始めるまでは、経営陣や資金繰りの問題でいつ潰れてもおかしくない状態なので、なるべくそうさせないようにサポートすること。この2つだと思っています。

石見あのオフィス移転を止めたときもそうでしたね。ベンチャーキャピタルから資金調達できたときに、なんの根拠も無く調子に乗って人も増やして、「さぁオフィス移転だ」とやっていたのですが、実際には毎月1000万円ずつ赤字が出ていて…(笑)。
契約書にハンコ押す寸前で島田さんに、「石見さん、今毎月いくら赤字出てるの?」「今どのくらいお金あるの?」と聞かれて。仕舞いに「あと何ヶ月でつぶれるの?」と聞かれたとき、「あと16ヶ月後くらいですかね……。止めます。」と答えて、移転を中止しました。不動産屋さんには当然、文句言われましたよね(笑)。
でもそのくらい甘かったんです。なので、そういう局面局面で助けていただいています。

2012年に、社外取締役になっていただいた経緯は?

「石見さんだから、自分の投資家としてのポリシーを曲げて引き受けた」

島田私は投資家として、ゼロイチのフェーズを手伝う役割が終わった段階でエグジットして役目を終える、というのがポリシーなんです。社外取締役になることはそれに反しているので本来なら受けない。でも、石見さんがすごく熱心に誘ってくださって。

石見本当にありがたかったです。当時上場を見据えてやっていましたが、正直なところ経営判断を含めてまだ上手く自分たちだけで立ち上がれる自信はありませんでした。なので、数ヶ月に1回のアドバイスではなく、よりコミットしていただきたいと相当お願いをしました。

島田当時いた会社にもかなり説得が必要でしたが、それでも引き受けたのは、石見さんだからです。石見さんの人としての正しさとポテンシャルがあるから。これが無かったら当然やらない。一方で、石見さんがまだ経営者として成熟していないから、誰かが支えないとせっかくここまで来た会社が危うくなるのではないかという危機感もありました。

メドピアにとって島田さんはどういう存在でしょうか?

「島田さんは、メドピアの“父”」

石見先にも言いましたけど、島田さんは本当に必要なタイミングでSOSを出さずともふと現れて、必要なことをしてくださる。相当多忙な方なのに。そういう意味で島田さんは、「メドピアの父」ですね。2016年6月に、Mediplatの子会社化と同時に春田さんと林さんに経営に入っていただくことになったのも、まさにそういうタイミングでした(※)

島田春田さんとは、メドピアの話を前提に食事をしたんです。メドピアの状態を定点観測していると、やっぱり中から改善する必要があると思っていました。そこで、私みたいなオブザーバーではなく、ちゃんとコミットやってくれる人がいないかと自分のネットワークを探していたときに、元DeNA幹部だった春田さんと林さんだなと思って。ちょうど彼らが今関心を持っている分野(医療)とも重なっていたので、春田さんにそれを率直に話したら興味があるということで、3人で会うことになりました。

石見本当に、まさに欲していた出会いでした。

※Mediplat子会社化および春田氏経営顧問就任への経緯は、春田氏と石見の対談をご覧ください。

島田さんがこれからのメドピアに期待されることは何でしょうか?

「正しいサービスをつくり、日本にとって良い医療の姿を実現して欲しい」

島田まず、やっている事業が正しいので、きちんと正しい商品・サービスをつくって、お客様にもっと喜んで評価される会社になって欲しい。結果的にそれが日本にとって、医療に携わらない人たちにとっても非常にいいサービスになってくるはずです。無駄な診療費を下げていったりとか正しい投薬ができたりとか、MedPeerはそういうことができるプラットフォームなので、それを実現していって欲しいと思います。

石見そこは、使命として必ず実現していきます。

島田そういえば、意外と石見さんとはちゃんと飲みにいったことは無いんですよね。

石見そうなんですよね、サシはないですね。

島田投資先の経営者とは大体そうなんですが、石見さんを見て冷静に判断をするため、飲み友達にはならずにいい距離感を保つようにしてるんですよ。

石見確認したことはなかったですけど、そういう空気を感じて今まで私からもお誘いはしなかったですね。

島田年に一回くらい行ってもいいですけどね(笑)。

石見では、これからは年に1回でぜひ!

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